ここはどこなのだろう。ポツポツ雨が降っている。男がコンビニで煙草を吸っている。左手に菓子パンを持ち、右手に持っていたコーヒーをパーカーのポケットに入れた。口に煙草を咥えながら左手の菓子パンを地面に置いた。それからやっぱりポケットからコーヒーを出して飲んでいる。遠くを見やりながら煙草を吸っている。無名の土地で、無名の男が、無名の行為をしている。無名ではないか。しかしそれが無数に集まってできているのがおそらく世界や世の中と呼ばれる概念的なものなのだろうが、それでもここにはこれしかない。男は二本目の煙草を吸いはじめた。ここではここにいるものしか見たり聞いたりすることはできない。ここにないものを、想像することはできる。祈ったり、願ったりすることもできる。ここにないものではなく、あるものに対して想像したり、願ったり、祈ったりすることができれば、少しは生活の偉大さというものを理解することができるかもしれない。
男はいつの間にかいなくなっている。視界の淵から消えてしまった。すると男は私にとって途端に架空の世界に生きる物語の登場人物のようになってくる。Iさんもそうだし、ニンジャさんもそうだ。目の前にいるときは現実だが、いざ視界の淵から消えると、途端に物語の登場人物のような感じがしてくる。
物語の持つ引力には、思考や想像の力を持って抗わなくてはならないような気がしている。
たくさんの人がいる。その人たちの無数の記憶が外部装置に保存されていて、お互いがそのデータを参照し合っている。それが歴史というものであり、社会というものであり、インターネットというものである。
本屋に寄って、いくつか立ち読みしてみた。芥川賞受賞作、と書かれてあり、読んでみると、(なんか、キマってるな)と思う。